百舌=もず の話
百舌は今自分は夢を見ているのだろうと思っている。
視界の両端が薄暗い。光が廷内に届かない時でも気にならないその暗さが、やけに引っかかる。
白い柱が百舌を奥へ奥へと導くように立ち並ぶ。柱の続く先は闇に沈んでいる。
闇の奥に、何かが潜んでいる。
警戒を強め、その何かがこちらへ至るのを待つ。
鋭くとがったもので壁をひっかくような音がする。或いは床で引きずっているのかもしれない。音は近付いてくる。
音の正体を見極められないまま、百舌は目を覚ました。
ぱっちりと瞼が引き上げられ、覚醒しない脳が初めに認識するのは白い白い天井だ。装飾もつぎ目もなく、ただ白さだけが視界を塗りつぶす。それがアラーム代わりとなり、百舌に起床を促した。
また同じ夢だ。
暗い回廊を何かが何かを引きずって、近づいてくる。重たいものなのか軽いものなのかもわからない。キリキリともカラカラとも表現できる、鋭く乾いた音。
扉が開き、百舌の前に姿を現す。
「よう、百舌」
ツンツンと跳ねた黒い髪、目つきの悪さを筆頭に険しい印象を与える顔立ち、そして額から右目を通って顎の近くまで至る三本の傷。
「懸巣センパイ…」
「まだ本調子じゃないんだろ? 今日は顔だけ見ときたくてな」
足音を響かせて懸巣は部屋に入ってきた。手には何も持っていない。
「食事はもう普通にしてんのか」
「いえ、まだです」
寝台に横たわる百舌を懸巣は見下ろした。
「じゃ、次来る時には口当たりのいいうまいもん持ってくるから、体調回復させとけよ」
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