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02 (side:常夜)


 交喙=イスカ 懸巣=カケス 常夜の主 の話 彼岸にて
 



 俯くと、髪がさらさらと流れて顔にかかる。うっとおしいから切ればいいのに、と進言する者は幸い交喙の周囲にはいなかった。先輩の懸巣は交喙が自分に帰属する要素についてとやかく言われるのを好まないことをよく知っていたし、上司であるイエシキをはじめ、主様と呼ばれる男を中心にまとまる一団のメンバーのほとんどは、交喙の外見になど興味を持たない。
 箒を使って、散らばったクッションビーズをひとまず一か所へ掃き集めようとする。しかし砂のようなビーズは箒の間をすり抜けてしまうのか全く収束を見せず、むしろ掃く動作をするほど薄く広がるばかりだ。
(掃除機、なんてこの宮にあったかなぁ……)
 マッドサイエンティストじみた一面とそれに起因する此岸の道具への並々ならぬ執着を持つとあるメンバーあたりならば所有している可能性もあるが、そもそもこの宮には電気が通っていないのだから貸してもらえたとしても使用できないだろう、いや改造済みのものなら使えるのか、などと詮ない思考を巡らせつつ、もみ消された煙草を拾い上げた。
 腰を上げればちょうど懸巣が部屋に戻ってきたところだった。右手に重そうなバケツを提げている。
「なんだ、全然集まってねえな」
「外の砂撒いたようなもんですよ。キリがありません」
「あーやっぱそうか」
 懸巣は一人で納得すると、ちょっとのいてろ、といって交喙をソファーへ押しやった。交喙が了解を得られないまま、懸巣はバケツをひっくり返し、中の水を豪快にこぼした。
 水を吸った砂は、水と同化する。
 その様子を見て交喙は喩えで言った言葉が事実だったことを悟る。
「なんだ、本当に流砂の砂を詰めてたんですか」
「まぁこの世界の白いものは、何にせよ元は砂漠からできているからな」
「でも加工もしていないなんて。飲み物こぼしたりしたらアウトじゃないですか」
 懸巣の言うとおり、交喙たちが暮らす常夜と呼ばれるこの世界は、すべてが流砂でできている。流動性が高く基本的にひとところに留めることができない白砂を特殊な加工によって一つの形を与えることで、常夜の物質は構築されている。交喙たちが身につける衣服もごく一部の装飾品を除けば純白であるし、宮の大部分、柱、壁、床、その他家具も元は流れる砂である。
 加工処理を施されていない白砂の性質として、水に触れると水になる、というものがある。
 そもそも常夜に存在する「水」は白砂の状態変化の一つであるらしく、すべての源である白砂が、更に原初の形質に還ったといえるのかもしれない。しかし水に還った砂は一定の時間が経つと白砂に戻る。あくまでも砂の形態が白砂の常態なのだ。
 ゆえに、今床に撒かれた水もいずれ砂に還る。
「……意味無くないですか、これ」
 交喙が控えめながらも鋭く尋ねると、懸巣はバケツの側面にかけてあったたパイル地の布を投げてよこした。
「こっちのほうが集めやすいかと思ったんだよ」
 懸巣は白い床に布を滑らせ、吸った水分をバケツに絞った。時間はかかりそうだが確かに手ですくうことすら困難な砂を掃き集めるよりは幾らか楽だろうと、交喙も作業に加わった。



 拭いては絞って拭っては絞って、と単調な動作が続く。バケツの口が小さいので交互に水気を切るため、半分意図的にリズミカルな流れが作られた。
「そういえば、此岸まで一体何をしに行ってきたんです?」
「えっと、数字の一族を叩いてきた」
 叩いてきた、と懸巣は軽く言うが、未だに彼に纏わりつく血のにおいと主様が下す命令の性質からいって、それが殲滅作業をさすことを交喙は見抜いた。
 数字の一族とは常夜を統べる主様の不興を買い、此岸へ追放ないし逃げ出した輩の総称である。
 一族と言うのは名ばかりで個人個人には血縁ばかりか面識すらなかったであろう、流刑人の蔑称だった。
 しかし最近主様に明確に反発、対立した或る男が神輿になり、此岸に根城を置いて、他の彼岸のモノともネットワークをつなぎ、主様へ、ひいては常夜へ宣戦布告をしようとする動きがでてきた。
「私は彼岸の平和を憂うよ」
 と常夜のあるじはその端正な顔に愁いを滲ませたが、その実この展開を誰よりも楽しんでいるのだろうと交喙は睨んでいる。

「いかがでした?」
 と交喙は端的に問う。自分でも何を指して「如何」と言ったのか分からないが、懸巣は敵勢力の様子をうかがったものと解釈したようだ。
「今回潰したアジトには八人くらい集まっててな、いっぺんに相手取ったから流石にしんどかった。俺だけじゃマジになっても半数と相討ちに持ち込めたかどうかってとこだな」
「そう、ですか」
 淡々と語る懸巣に合わせて、交喙も何げなく相槌をうつ。『本当は一人に与えられた命令だった』と懸巣本人が言いかけていたことを思い出し、あるじからすれば敵の戦力を半分削ぐくらいがちょうどよかったのだろうと諒解する。
(もちろん、懸巣センパイはただの捨て駒として消えてしまってもかまわなかったのだろうし)
 交喙は暗澹たる観測を鈍い苦みとともに飲み下した。
 常夜に君臨する男は己を主と崇める者々を皆ひとしく平等に扱う。無慈悲で冷酷な神のごとく。
 有用な働きをすればそれだけ重宝され多少の優遇も受けるが、それも所詮道具としてだ、と交喙は見切っている。交喙以外のメンバーだって見抜く者はとっくに見抜いているし、顕在的にわからぬものでも無意識化では気づいている。
 それでも男のもとに集い、彼を尊ぶのはまさに男が常夜の創造主であるからであった。

 常夜の名の通り、この世界は平時闇に包まれている。太陽や星はなく、月の満ち欠けだけが時の移り変わりを示す。月に照らされ地上に広がるのは、風に流されてひとときも姿をとどめない砂漠だけ。
 此岸から、或いは他の彼岸からこの彼岸へ流されたものは、永劫の虚無をさまようことになる。
 どんな責め苦よりも緩やかに惨澹に魂を蝕む地獄、それが常夜の原質だった。

 男が常夜に現れる以前に何処に居たのか知る者は少ない。
 その常夜以前から男につき従う数少ない側近の内の一人で、交喙の上司であるイエシキによると、常夜の流砂の特殊加工を生み出し、その恩恵を齎したのが、あるじ様その人であるらしい。
 白砂から様々なものを思いのままに創造した男は一瞬で広大な砂漠の王となった。流砂に埋まって喘ぐ幾千の魂が男のもとに集い、救いを求めた。物静かなあるじは乾いた魂たちに何物も要求せず、ただ一言「私と共に来なさい」と言った。あるじに衣服を、住まいを、そして食事を与えられた魂たちは、ただただ彼に敬服し絶対の忠誠を誓った。



(03へ続く)

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