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01 (side:常夜)


交喙=イスカ 懸巣=カケス 百舌=もず の話 彼岸にて


 右目に巨大な爪に引っかかれたような傷を持つ黒髪の青年が、ノースリーブの白いロングコートの裾をひらめかせながら薄暗い回廊を歩いていた。室内に光はともらず、真っ白な柱だけが浮き上がるように両側に続く。先の見えない回廊を不意に折れ、扉のない部屋の出入り口へ青年はその身をくぐらせた。
「交喙! お前また……」
 部屋に入るなり目に飛び込んできたのは、自傷行為により腕からぼたぼたと血を流し、それを鬱屈した表情で眺める少年だった。もっとも彼は暗澹たる雰囲気を背負っていることが常なのだけれど。
 交喙の元へ青年は駆け寄る。
「お帰りなさい懸巣センパイ」
 交喙は平然として懸巣に腕をとられたまま話しかけた。
「どうしたんです、ソレ」
「ああ、此岸でパチってきた」
 煙草を口の端で揺らしながら懸巣が答える。交喙を窓際にあるソファーに座らせると、風にそよいでいたカーテンを力任せに引っ張った。四角く切り取られた月が照らす白い砂漠の景色が露わになる。ざっくりと裂けた腕を検分し、何はともあれ止血だろうと、白い巨大な端切れとなり下がった布をぐるぐると押し付けた。
 交喙は近場に手ごろが布がないことは分かっていたので特に文句もつけず、されるがままになった。強く握りしめられた腕に痛みが戻ってきて、交喙は自分が現在という枠に戻ってくるのを感じた。隣に座る懸巣に此岸へ何をしに、という問いを発するために開かれた口は、他の言葉を紡いだ。
「……血の匂いがします」
「いやまぁこんなに流れてりゃな?」
 じわじわと広がる血染みを顎で指しながら、俺はもうシャワー浴びて着替えてきたしな、と懸巣は続けた。
 交喙は記憶を手繰り寄せ、己の直属の上司も今日の午前から此岸へ行く予定を立てていたことに思い当る。
「イエシキさんも一緒でしたか?」
 と確認すれば、
「あと、鬼灯もな」
 と首肯された。 
「本当は俺一人に与えられた命令だったんだけど……」
「えーっ?! センパイずるいですー!!」
 懸巣の言葉を遮る叫びがあげられた。身をすくませる交喙と懸巣をよそに、叫びの主はカーテンがなくなった窓を飛び越えて部屋にはいった。ぴっちりとした白いサイハイブーツに包まれた脚を惜しげもなくさらし、チャイナドレスのようなタイトなワンピースを身につけた少女は、月の光を背に仁王立ちになる。
「百舌君、いつからそこに?」
「つーかなんで気配がないんだ?」
 百舌と呼ばれた少女は二人の男の問いかけを無視して、
「まさか主様直々のご命令ですかーっ?!」
 と高い情動で叫んだ。
 交喙が制止の声をかける前に、懸巣は戸惑いつつも「まあな」と肯定してしまう。
 とたんに百舌の眼から理性的な光が失せ、がくんと上半身を下ろすと腰にさげていた刀に手をかけ、ぎこちない動きで引き抜いた。少しずつ刀身が姿を見せる間にも、百舌は目を見開いたままハイテンションに何事かを呟いている。
「ずるいずるい、あたしが主様のお役に立ちたいのに。あ、あたしだけ、が主様のそばにいたいのに……主様から直接ご命令を頂けるなんて、羨ましい妬ましい許せない、あたしが一番主様のお役に立つのに、あたしが一番主様をあいしているのに主様主様あるじさまアルジサマ……あたしと主様以外の奴なんて……」
 ふらふらと揺れる身体とともに声の調子も上下する。
 交喙は咽喉をひきつらせ、懸巣は黙って眉をひそめた。くわえていた煙草から灰がぼろりと落ちた。
 あと一寸で完全に刀身が鞘から抜かれるというところで、すべての動きが止まった。
「死ンじゃえッ!」
 からくりの仕掛けが切り替わるように一瞬で振り上げられ振り下ろされる刃。
 一拍遅れて交喙が「百舌君っ」と悲鳴じみた声を上げる。
 同時に懸巣が座っていたクッションが切り裂かれ、詰まっていた細かいビーズが流れ出た。床に広がった小さな砂場に、握りつぶして火を消した煙草が加わる。
 間一髪入れず、百舌はソファーの背もたれの上にしゃがむ懸巣を刺す。 
 男の腹筋を貫くはずだった刃は白い壁に深々と突き刺さった。
「落ち着け百舌」
 懸巣はいつの間にか部屋の中央、百舌の背後に立っていた。
「本当に取るに足らない仕事だったんだよ」
「主様のなさることはどんな瑣末な事柄でも取るに足らないなんてことはあり得ません!」
 百舌は刀を抜きとり、勢いを殺さず切りかかる。
 彼女の行動を予測できていた懸巣はあきらかに急所を狙っている刃をよけながら、冷静に言葉を紡いだ。
「まぁ荒事だったからよ、お前に危険な目にあってほしくなかったんじゃねえかな」
 別の角度から宥めにかかり、さらに言葉を重ねる。
「ここ一番って時に百舌を使いたいんだよ、主様は百舌のことを大切にしているんだ」
「そんな、そんな。あたしはいつだって主様のもとに、主様のためだったら何だって。何だって惜しくないのに……」
 懸巣を睨みつけているようでありながら焦点の合わない瞳が切っ先と共に不安定に揺れる。
「どうしよう、あたし、役立たずって思われてるのかなッ? もっともっと頑張んなきゃ…強く、…なんなきゃ…?」
 発する言葉も切れ切れに、混乱に陥る百舌。震える手から刀が離れ、体が崩れ落ちる。懸巣は腕を伸ばし百舌を抱きとめた。百舌は荒い呼吸を繰り返す中、まだブツブツと呟いていた。
「大丈夫、主様はすべてわかってらっしゃるよ。またすぐに百舌にお声がかかるさ」
 あやすように懸巣は軽く百舌の背を叩く。まるで兄が妹を慰めているかのような光景を、交喙はどんよりとした目で見つめていた。
 躁状態の反動かすっかりおとなしくなった百舌を抱えたまま、懸巣は交喙に向き直った。
「血ィ止まったか?」
「ああ、ハイ、おおむね」
「まったくお前ら二人とも本当に手のかかる後輩だな」
「すみません……」



(02に続く)
 

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